人生の最終段階における医療・ケアの指針
Ⅰ. 基本方針
人生の最終段階(終末期)を迎える患者とその家族が、医療・ケアチームとの話し合いのもと、患者の意思と権利が尊重され、心安らかな終末期医療を迎えられるよう努力していきます。
指針に当たり、厚生労働省:「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」を規範とし策定する。
Ⅱ. 人生の最終段階 (終末期) の考え方
- 1.終末期の定義
- 1) 患者が適切な治療を受けても回復の見込みがなく、かつ、死期が間近と判定された状態の期間。
*期間とは、老衰を含め回復が期待されないと予測する生存期間。
≪ 2週間以内・ 1ヶ月以内・ 数か月・ 不明 ≫ 等を示す。 - 2.終末期の判断
- 1) 主治医と主治医以外の医師が「その時点で行われている治療に加えて、更に行うべき治療法がなく、現在の治療を維持しても、病気の回復が期待できない」と判断が一致すること。
2) 患者が意識や判断力を失った場合を除き、患者・家族・医師・看護師等の医療・ケア関係者が納得できる事。
3) 患者・家族・医師・看護師等の医療・ケア関係者が患者の死を予測して対応を考えること。
4)不可逆的な全脳機能不全状態。
5) 生命が新たに開始された人工的な装置に依存し、生命維持に必要な臓器の機能不全が不可逆的であり、移植などの代替手段もない場合。
6) 悪性疾患や回復不能な疾患の末期であることが、積極的な治療の開始後に判明した場合の終末期の判断は、主治医と主治医以外の複数の医師により客観的に判断すること。
Ⅲ. 延命措置への対応
- 1.終末期と判断した後の対応
- 1) 主治医は患者や家族・同意代行者に対して患者の状態が終末期であり、病状が予後不良であり治療を受けても救命の見込みが全くない状態であることを説明し、理解を得る。
2) リビング・ウイルなど有効な事前指示の有無を確認する。
3) 患者の意思を代弁又は、推測しうる者(同意代行者)の有無を確認する。
4) 家族や同意代行者の意思を確認する。 - 2.本人又は家族や同意代行者が、積極的な対応を希望した場合。
- 1) 本人の意思(リビング・ウイル)を確認し、それを尊重する。
2) 改めて家族・同意代行者に「患者の状態が極めて重篤で、現時点での医療水準にて行い得る
最良の治療を持ってしても救命が不可能である」旨を正確で平易な言葉で説明し、その後に家族・同意代行者の意思を再確認する。
3) 引き続き積極的な対応を希望した場合は、その意思に従う。
死期を早めると判断される対応は行うべきでなく、現在の措置を維持する。 - 3.本人又は家族や同意代行者が、延命措置を希望しない場合。
- 1) 本人の意思(リビング・ウイル)が存在し、家族や同意代行者が同意している場合はそれに従う。
2) 本人の意思が不明の場合は、家族や同意代行者が本人の意思や希望を忖度し、家族らの容認する範囲内で延命措置を実施しない。( *Ⅶ-5 に進む )
Ⅳ. 終末期の判断や延命措置への対応に当たり考慮すべき事
1.回復不能の判断や、患者や家族・同意代行者の意思が揺らぐなど、終末期の判断に困難性がある場合は、病院管理者からなる検討会に委ねる。
2.終末期の過程においては、患者本人は勿論、家族または同意代行者についても精神的、社会的な支援を行う。
3.終末期の医療・ケアは、多職種からなる医療・ケアチームと本人、家族または同意代行者の合意に基づき実施され、その過程は全て記録される。
4.意思決定や、医療処置 (蘇生処置を含む)に関する事は、全て診療録に記載し適切に対応する。
Ⅴ. 同意代行者の定義・優先順
1. 患者が同意能力を欠く時に、患者の意思を推測し患者の希望を代弁できる「同意代行者」は患者に対する医療行為につき同意権(以下「同意」)を代行する事が出来る。
2. 患者に意思能力がある場合は、同意代行者を選任する事が出来る。
同意代行者の選任、解任及び辞任は、公証人の認証ある書面による。
3. 同意代行者は以下の順に従う。
1)家庭裁判所の審査により医療行為の同意権限を付与された、成年後見人。
2) 配偶者(婚姻の届出をしないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む)
3)成年の子
4) 親
5)兄弟姉妹
3)~4)が複数存在する時は、①同順位者間の協議により同意者を1名定める。
②家庭裁判所が①を定める。該当者がいない場合は、四親等内の中から1名を定める。
Ⅵ. 医療・ケアチームの方針決定
人生の最終段階における医療・ケアの方針決定は以下によるものとする。
- 1. 患者の意思が確認できる場合。
- 1) 患者の状態に応じた専門的な医学的検討を経て、医師等の医療従事者から適切な情報の提供と説明を行う。その上で本人と多職種の構成で結成される、医療・ケアチームが本人の意思決定を基本とした、医療・ケアチームの方針を決定する。
2) 時間の経過、心身の状態変化、医学的評価の変更等に応じて、本人の意思が変化しうるものである事を考慮し、患者との充分な話し合いを行い意思決定の支援をする。
3) この過程の話し合い、意思決定については、その都度、文書にまとめておく。
4) 患者の同意があれば、家族または同意代行者に決定事項を伝え、家族または同意代行者への支援も行う。 - 2. 患者の意思が確認できない場合。
- 患者の意思確認が出来ない場合には、以下の手順で医療・ケアチームの中で慎重な判断を行う。
1) 家族、同意代行者が患者の意思を確認していた場合や推定できる場合には、その意思を尊重し、患者にとって最善の方針をとる。
2) 患者の意思が確認出来ない場合には、家族または同意代行者と十分に話し合い、患者にとって最善の方針をとる。時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、検討の過程を繰り返す。それらは全て記録される。
治療方針に際し、家族または同意代行者、医療・ケアチームが判断困難な場合は、病院管理者からなる検討会で、治療方針等について検討又は助言を得る。 - 3. 考慮すべきこと。
- 1) 家族とは、本人が信頼を寄せ、人生の最終段階の患者を支える存在であるという趣旨であり、法的な意味での親族関係のみを意味せず、より広い範囲の親しい友人も含み、複数人存在する事も考えられる。
2) 家族または同意代行者からは、患者のこれまでの人生観や価値観、どのような医療・ケアを望んでいたのか等の情報から、患者の意思を推測する。
推測が困難な場合は、患者の最善の利益が何であるかについて、家族または同意代行者と医療・ケアチームが十分な話し合いを行う。
3) 家族または同意代行者が意思決定出来ず、医療・ケアチームに委ねる場合は、医療・ケアチームが医療・ケアの妥当性・適切性を判断して、患者にとって最善の医療・ケアを選択し、病院長の承認を得る。承認を得た決定事項は、家族または同意代行者に内容を説明し、理解と合意を得る。
4) この過程における家族または同意代行者との話し合い、意思決定事項は、全て記録する。
5) 患者の意思に基づき指名された同意代行者が存在し、あらかじめ患者の希望事項が明確に意思表明されている場合には、不明な事項にのみ代行者が決定できるものとする。
6) 生前の臓器移植提供や献体に関する、本人の意思は尊重されるべきものであるが、院内における臓器移植・献体提供の安全性が確保されるまでは、病院管理者により個別に対応する。
生前意思を把握した段階で、病院管理者に報告する。
Ⅶ. 医療・ケアチームの体
人生の最終段階における過程では、個々の死生観により死の受け入れ方が異なる事を踏まえ、患者自身又は看取る家族、同意代行者の思いも錯綜し変化していくものであることを前提に、支援体制を整える。
1. 主治医により以下の説明を行い、それに基づいて患者や家族または同意代行者が医療・ケアチームと話し合を行い、患者の意思を汲んだ決定がなされる体制とする。
1) 予測される事態の説明。
2) 患者の意思を尊重した選択肢の提供。(治療、処置、食事、場所など)
3) 患者の意思を確認できる者の確認をする。(家族または同意代行者)
4) 医療処置(蘇生処置を含む)の選択、決定。
5) 医療・ケアチームによる関わり:医師・看護師・薬剤師・管理栄養士・リハビリ・福祉系職員・介護職員等の多職種チームで関わる。
6) 意思決定事項や検討過程を記録し、患者・家族または同意代行者に公開できるようにする。
2. 心肺蘇生法を実施しないこと(DNAR)の説明を行い、合意の得られた場合を対象とする。
★心肺蘇生法を実施しない事の判断は以下の3点を含む。
1)最善の治療にも関わらず病状の進行、又は老衰によって死が差し迫った状態である事。
2) 心肺停止した場合、仮に心肺蘇生をしても短期間で死を迎える推測される状態である事。
3) 患者及び家族または同意代行者により、心肺蘇生法は不要と意向が出されている事。
3. 看取りの場として、自宅、居宅など病院以外の場所を希望するかを確認し、希望する場合は適切に対処する。
4. 患者や家族または同意代行者と医療・ケアチームとの合意を確認しながら進め、医師による医学的見解、看護師によるケアとリスクについて具体的な説明を行う。その過程は記録する。
5. 医師の説明
1) 治療により病状の回復が見込めず、近い将来死を迎える状態である事。
2)侵襲的的処置は、本人の苦痛を高めるが、利益が極めて低い事。
3)積極的な延命治療(心肺蘇生・気管内挿管)を控えるが、苦痛や症状緩和に最大限努める事。
4)浮腫を助長しない位の少量の輸液は、症状を緩和する可能性がある事。
5)医療・ケアチームで支援をする事。
6) 対応する職員は、患者の尊厳を尊重し関わること。
7) 精神的な安定のために、家族、同意代行者に協力を求める事。
8) いかなる時点においても、患者、家族、同意代行者が延命処置あるいは積極的治療を希望する場合は、それに従う事。その際には、自宅や居宅での看取りの可能性についても説明をする。
9) 上記説明を受けた患者又は家族、同意代行者は、看取りの場所を選択する。
当院での看取りを希望した場合は、同意書(様式1)に著名する。
自宅等を希望した場合は、訪問看護ステーションの利用など可能な限り希望に添う様に調整する。
Ⅷ. 体制と役割
- 病院長
- ・人生の最終段階における医療・ケア対応の総責任者
- 主治医
- ・治療及び本人、家族、同意代行者への説明責任者
・医療・ケアチームのカンファレンス参加
・死亡確認、死亡診断書等の関係書類の記載 - 看護部長
- ・看取り看護・ケアにおける看護、介護上の総責任者
・死生観、終末期医療、看護及び看取りケアに関する職員教育の監督 - 看護師長
- ・病棟での看取り看護・ケアに対する管理責任者
・看取り看護・ケアに関する現場教育
・家族等の相談窓口と対応に関する監督、指導 - 看護、介護職員
- ・看取り看護・ケアに必要な多職種協同における連携を推進する。
・看取り期における患者の状態観察の結果に応じた医師への報告と処置の実施。
・身体的、精神的緩和ケアと安楽な体位の調整し、褥瘡等のリスクを回避する。
・家族等への説明と、不安への対応。家族等の相談に対応する。ケアの指導。
・医療・ケアチームカンファレンスの企画と参加。
・安全な食事提供に伴う基準を遵守し、誤嚥等のリスクを回避する。 - 医療・ケアチームメンバー
- ・医師 保健師 看護師 准看護師 薬剤師 福祉系職員 リハビリ系職員 介護系職員 等それぞれの役割を果たす。
Ⅸ. 職員教育
1.当院の人生の最終段階における医療・ケアの指針、内容の理解
2.死生観、倫理教育
3.夜間・急変時の対応
Ⅹ. 診療録記載にあたっては、以下の事項を含める。
- 1.医学的な観点から
- 1) 医学的な終末期であることを記載する。
2) 上記を家族・同意代行者に説明する。
3)説明を受けた者の理解。納得の状況を観察し記載する。 - 2.意思確認の観点から
- 1) 患者本人の意思を確認する。本人の意思、またはリビィングウイルの有無を記載する。
・ 持参のリビング・ウイルは原本をコピーさせて頂く。(常に最新の意思を確認する。)
・ 当院のリビング・ウイルを活用する事も出来る。
2) 患者が意思を表明出来ない場合、家族または同意代行者による本人の推定意思を記載する。
3) 家族または同意代行者の意思を記載する。 - 3.延命措置の中止の観点から
- 1) 選択肢の可能性とそれらの意義について検討していること。
2) 患者にとって、最善の治療方針について検討事項を記載する。(法律・社会規範含む)
3)医療・ケアメンバーを記載する。 - 4. 状況の変化への対応
- 1) 状況の変化や対応の変更を記載する。
- 5.治療プロセス
- 1)経過と結果を記載する。
- 6.上記1~5を踏まえた、カンファレンス用紙( 様式2)を作成する。
Ⅺ. 心肺蘇生法を実施しないことについて
1.癌の末期、老衰、救命の可能性がない場合、患者や家族、同意代行者の意思決定を受け心肺蘇生法を行わないこと(DNAR指示)を言う。DNAR: do not attempt resuscitation
DNRとは尊厳死の概念に相通じるもので、癌末期、老衰、救命の可能性が無い患者などで、本人又は家族の希望で心肺蘇生法(CPR)を行わない事と定義されているが、患者の医療拒否権について明確な社会合意が形成されたとは言い難く、現在は蘇生に成功することがそう多くない中で蘇生の為の処置を試みない用語としてDNARが使用されている。
注:家庭裁判所の審査を受けていない「成年後見人」には、患者の意思決定を委ねない。
2.DNAR指示を出すために必要な条件
1) DNARの指示を出すことが出来る医学的基準(以下の2点)を患者が満たしていると、主治医と主治医以外の医師の判断が一致している事。(当直など医師1名体制の場合を除く)
2)心肺蘇生法を実施しない3条件を満たしていること。
① 最善の治療にも関わらず病状の進行、又は老衰によって死が差し迫った状態である事。
② 心肺停止した場合、仮に心肺蘇生をしても短期間で死を迎える推測される状態である事。
③ 患者及び家族または同意代行者により、心肺蘇生法は不要と意向が出されている事。
3.他院より終末期医療と判断され、DNARの合意が得られている場合は、主治医により意思の再確認を行い、それに従う。
病院安全管理委員会
2018年9月14日 制定